交通事故より多い窒息事故死

窒息事故の原因ですぐに思い浮かぶのはお正月のお餅でしょう。しかし窒息事故は正月に限ったことではなく、一年中さまざまな食品で起きています。更に衝撃的なのは、交通事故よりも窒息事故によって死亡する方が多いという事実です。平成26年人口動態調査の「不慮の事故」の種類別では、交通事故で亡くなった方が5717名であったのに対し、窒息事故は約1.7倍の9806名です。更にこのうち全体の約9割となる8612名が65歳以上の高齢者です。

H26人口動態調査「不慮の事故」の種類

下の種類別推移を見ても交通事故死は年々減少しているのに対し、窒息、転倒・転落、溺死は増え続けています。そして年齢別の内訳ではいずれも65歳以上の高齢者が大半を占めています。

不慮の事故の種類別死亡数推移

下のグラフは窒息事故によって死亡した方の窒息原因を調べたものです。一般的にお餅や蒟蒻等の飲み込みにくい食品が窒息しやすいと思われていますが、実際に原因となっていたものは普段の食事でお口にする食品類ばかりです。

「食品による窒息の現状把握と原因分析」平成19年度 向井らの研究「食品による窒息の現状把握と原因分析」より

高齢者は嚥下(食べ物の飲み込み)機能の低下により、窒息リスクが上昇します。食べ物の固さと大きさに注意し、よく噛んで食べましょう。また咀嚼状態を保つ為には、歯(特に奥歯)の維持、無い場合は入れ歯の使用、入れ歯を使用している場合は定期的なメインテナンスに取り組むことが重要です。しっかり噛めることが出来れば唾液分泌の促進にもつながり、唾液によってコーティングされると飲み込みや消化が助けられます。

[Q&A]入れ歯に寿命はありますか?

入れ歯は使用する人のお口の形状や残った歯の数に違いがある為一人ひとりオーダーメイドで製作されます。その為使用する人のお口の状態が変われば当然入れ歯も合わなくなります。

これを歯科では義歯の不適合状態と言います。ただ不適合になったとしても粘膜面の調整や増歯等の修理、割れてしまったとしても破損状態によっては金属等の補強線を付け加えて対処出来る場合もあります。修理が出来るかどうかは入れ歯とお口の状態にもよるので、必ずかかりつけの歯科医に相談しましょう。

長年同じ入れ歯を使用していると入れ歯を支えるご自身の歯や歯茎の土手の高さや幅が変わったり、また咬む面が擦り減って平らになります。こうなると新しく作り直す他ありません。入れ歯の寿命は使用状況や口内変化の状況によっても異なりますが、10年も持てば長い方と言われています。

咬む面が平らになってしまうと、当然ですが食べ物を噛み砕く能力は低下します。日頃から定期的なメインテナンスを行っておくと共に、咬む面が擦り減って平らになっていないかを観察しておきましょう。

認知症・転倒リスクと口の働き

「よく噛むことが脳を活性化させる」と言われるように、口腔機能は脳に対して大きな刺激を与えています。下の図はペンフィールドの地図と言い、大脳皮質の各部位が身体のどの器官に直結しているかを表すもので、大脳の体性感覚野と運動野において口腔領域に関与する部分は全体の約4割を占めています。

人間の大脳皮質(ペンフィールドの地図)

脳の神経伝達物質「アセチルコリン」の量は噛むことで増加します。歯がない人で入れ歯も使っていないと、歯が20本以上ある人に比べて認知症発症リスクが約1.9倍に高まったという報告があります。しかし歯がなくても入れ歯を使うことで、その認知症発症リスクを約半分に抑えることが出来るという結果も報告されています。お口の働きと脳には密接な関係があり、会話したり、食べる事で活性化されますが、咀嚼能力が低下すると脳への血流も低下します。噛める状態を維持していくことも、認知症予防の為に大切なことなのです。

自立した生活を維持する為には認知症以外に転倒による骨折等のリスクを防ぐことも大事です。噛み合わせがあると認知症発症リスクが抑えられるとした研究では、転倒回数も調査しています。

認知症高齢者の咬合状態と転倒回数

調査結果では、残存歯数の少なくなった人は目を開けたままの状態での片足立ちを持続する時間が有意に短くなり、65歳以上の健常高齢者で残存歯数が19本以下で義歯を使用していない人は、20本以上の者と比べて2.5倍転倒するリスクが高かった。
また健常高齢者より転倒リスクが2倍も高いとされる認知症高齢者でも、臼歯部の咬合を維持しているグループと、臼歯部に咬合がないグループに分けてみたところ、2回以上転倒した方は臼歯部に咬合がないグループが有意に多かったこともあきらかとなりました。

[Q&A]舌につく白い汚れは何ですか?

舌表面に付着している白色または茶褐色の汚れは舌苔(ぜったい)と呼ばれる苔状の汚れです。舌苔の付着原因は、その方の全身状態や服薬、口腔内の状態(唾液量や乾燥の度合い)など様々です。
普段使っている歯ブラシで除去清掃すると嘔吐反射が起こったり、また除去する程度についても判断がつきにくい為に、専門職種ではない介護現場の職員にとって舌のケアは難敵です。更に開口量が小さい、開口保持が難しい場合には汚れの程度や範囲すら判断出来ません。

では自然に減少するのを待てばいいのでしょうか?

2015年に「舌苔の付着面積が大きい人は、呼気中のアセトアルデヒド濃度が高い」ことを岡山大学大学院医歯薬学総合研究科の研究グループが突き止めました。口の中のアセトアルデヒドは、口や喉の癌の原因となることが指摘されており、舌を清掃することは非常に重要なことです。

日常的な口腔ケアでは難しい専門性を伴うケアには、専門職種である歯科医師、歯科衛生士との連携の下で進めていきましょう。

どうして歯は黄ばむのか?

歯は硬いエナメル質で覆われています。その内側にはエナメル質に比べて硬度が低い象牙質があります。歯の色と言えば表面のエナメル質が白いと思われがちですが、そうではありません。エナメル質は半透明色のため、内側の象牙質の色が透けているのです。

歯はどうして黄ばむのか?訪問歯科、専門的口腔ケアのオーラルアップ

歯の黄ばみは加齢と食事による着色が主な原因です。加齢で歯の神経が小さくなったり、喫煙、お茶や珈琲による着色汚れもあります。汚れの付着は内側の象牙質ではなく、食べ
物や飲み物の色素が歯の表面にある「べクリル」というタンパク質の薄い膜と反応して色素沈着を引き起こしています。

白い歯は年齢を若く見せるという審美的効果があります。しかし歯の白さは健康のバロメーターではありません。白さを保つことよりも、毎食後や就寝前に歯周汚れを刷掃する等して口腔内の衛生状態を保つことが健康維持には大切なのです。

[Q&A]食後すぐの歯磨きは良いの?悪いの?

数年前からテレビ番組やインターネット上では~食後すぐの歯ブラシは歯を削ってしまうので良くない~という報道や、記事が増えています。詳しく調べてみると、アメリカの歯科医師が食事中に炭酸や酸性ソフトドリンクを飲んで食後20分以内に歯ブラシするとエナメル質や象牙質に酸が届き易く、飲まない時に比べて歯を早く溶かしてしまうというインタビュー記事がきっかけとなっているようです。

しかし日本において、また特に高齢者がご自身で作る食事や介護施設で提供される食事で、こうした炭酸や酸性ソフトドリンクを飲みながら食事するという習慣はあまりないように思います。

そもそもお口の中は食後すぐに酸性となります。その後は唾液の緩衝作用により1時間程かけて徐々に中和され、カルシウム等が供給されることで再石灰化が行われます。一方で食事によって栄養素が取り込まれた温かく湿ったお口の中は、ウイルスや細菌の増殖に最適な環境です。

歯の摩耗を心配するよりも抵抗力や唾液分泌量が低下しやすい高齢者にとっては、出来るだけ早く口内清掃を行ってもらうことの方が大事です。

からだを守る唾液の働き

唾液を使ったことわざには「天に唾する」「眉に唾をつける」「唾で矢を剥ぐ」等があります。決して良いイメージではないですが、本来の唾液は良い働きを幾つも持ち、高齢者にとっては窒息事故を予防する存在でもあります。

まず唾液の成分ですが、99.5%が水分です。その他の0.5%にカルシウムや、リン酸、タンパク質等が含まれています。ラクトフェリンを摂取し続けると風邪を引きにくくなったという宣伝を見たことはありますか?ラクトフェリンは実は皆さんの唾液にも含まれている糖タンパク質です。唾液だけでなく母乳等にも含まれ、殺菌・抗菌の働きをします。その他にも歯の再石灰化や消化作用を持っていることは広く知られていますが、高齢者に多い口の渇きに唾液の潤滑作用や湿潤作用が働くことで、お口を乾燥から予防するだけでなく、食べ物による窒息事故からも守ってくれているのです。

成人の1日の唾液分泌量は約1.5ℓと言われています。しかし高齢者になると0.5ℓ程度との報告もあり、全身疾患や薬、口腔機能の低下によって唾液分泌量は減少していきます。唾液が減少すると、噛めない、飲み込めない、味を感じにくい、発声がしづらいと感じます。結果として美味しくない、噛みにくい為に食事量が減ったり、人との会話が減ることで生活の質が低下するだけでなく身体にも悪影響を与えます。周囲からは口臭が強い、食事の時間が長い、話しが聞き取れないと感じたり、何度調整しても入れ歯が合わないことも。

唾液は、食べる時によく噛んだり、話したり、清掃を行うことで分泌量が増えます。寝たきりや非経口栄養摂取の方も口腔ケアを行うことによって唾液の分泌が促され、ドライマウスや肺炎の予防につながります。

唾液の持つ多くの作用とは

  • 殺菌・抗菌作用
    タンパク質の抗菌物質が、細菌の細胞壁を溶かしたり、生育にかかせない鉄分を奪う等の殺菌、抗菌効果を発揮します。
  • 歯の修復・再生作用
    歯の表面に薄い膜を張り、酸により歯が溶け出すことから保護し、カルシウムやリン酸が歯を修復します。
  • 消化作用
    アミラーゼ(酵素)がでんぷんを糖に分解し、消化を促す。
  • 緩衝作用
    酸は歯を溶かします。食事により口内のpHが酸性になりますが、唾液が中和してくれることで細菌の繁殖を抑えます。
  • 洗浄作用
    食事中だけでなく常に唾液を分泌し、口腔内の汚れを洗い流す。
  • 潤滑作用
    食物を飲み込み易く、また滑らかに発声出来る様に潤す。
  • 溶解作用
    食物の味を感じ易くする為に、味覚物質を溶かす。
  • 湿潤作用
    適度な粘性を持つムチンによって、粘膜を乾燥から防ぐ。

インフルエンザ予防となる専門的口腔ケア

乾燥するこの季節には感染症が蔓延し易くなります。日本においては例年12月~3月がインフルエンザの流行する期間です。感染しないための手洗いやうがいは細菌やウイルスが口に入り込まないようにする為の予防策であって、口腔内を衛生的に保つことも感染予防の有効な手段です。感染経路には以下の3つがあります。

  • 飛沫感染
    他人の咳、くしゃみ、会話等で飛び散った飛沫粒子によって感染する場合
  • 接触感染
    感染者の咳、くしゃみ、鼻水などがついた手でコップやドアノブ、スイッチ、手すり等に触れ、その後同じ箇所に触れることで間接的に感染する場合
  • 空気感染
    感染者の咳、くしゃみ等で飛沫したごく細かい粒子が空中に浮遊し、それらを吸入することによって感染する場合実はインフルエンザウイルスが乾燥を好む訳ではありません。のどの粘膜が乾燥に弱いに、ウイルスの侵入や増殖を防げないことが原因で発症します。

過去の気道感染予防の研究では、口腔内細菌を減少させることを目的とした歯科衛生士の行う専門的口腔ケアにより、唾液中の菌の数や日和見感染症起因微生物を減少させ、実施しないグループに比べて肺炎及びインフルエンザの発症を抑えることがわかっています。

※専門的口腔ケア・・・ご自身で行う清掃や、看護師、介護職員等が行う日常的な口腔ケアではなく、歯科医師や歯科衛生士等の専門職が行う口腔ケアを指します。

[Q&A]入れ歯は寝る時に外す?つけたまま?

入れ歯を寝るときにつけていないと不安という方が居れば、違和感を感じるので外して寝たいという方もいます。歯科医師が普段と逆の指導をしたとしても、長年の生活習慣はそう簡単には変えられないものです。

では就寝時の義歯装着は、付ける、付けない、どちらが正しいのでしょうか?

歯茎や粘膜を休ませるためや、小さな部分入れ歯や、適合せずに外れやすい入れ歯など、その時の状態や形状によっては誤飲する可能性があるために外しておく等、装着しないことを勧める場合があります。逆に、噛み合わせに不具合が生じるから出来るだけ装着しておく場合や、顔の形が変化する、夜間の緊急時に持ち出し忘れがない、紛失しない為という理由から装着を勧める場合もあります。

最近では嚥下機能の観点から「噛み合わせがあると飲み込みが良くなる」ことから、常時装着を勧める場合が増えてきています。

結論としては、入れ歯の形状や、ご自身での管理能力の可否、体の状態(飲み込みや、噛み合わせの状態など)を考慮しながら、当然ご本人の使用感に対するこだわりや、夜間装着感の感触なども含めて総合的に判断した結果が、その方に最も適した装着方法となります。

専門家の介入が肺炎予防に

介護施設に入所する要介護高齢者に対して、専門的口腔ケアを実施したグループと、実施しないグループに分けて2年間にわたって調査した結果が下記のグラフです。

グループのいずれも介護職や、看護師による毎食後の口腔ケアを行っています。その他に週1回、歯科医師及び歯科衛生士による専門的口腔ケアを加えて実施したグループと、そうでないグループを、同じ指標で比較したものです。

発熱発生率、肺炎発症率、肺炎死亡率を専門的口腔ケアで大幅減少

専門的口腔ケアを実施したグループは、全ての指標で明らかに減少していることを示しています。その中でも肺炎死亡率は、専門的口腔ケアによって約54%も減少しています。こうした結果から研究者らは普段の口腔ケアに加え、専門家が介入して実施する専門的口腔ケアを併せて実施していくことが肺炎予防につながると結論付けています。

誤嚥性肺炎の起炎菌となっているのは歯周病菌などの口腔内常在菌です。特別なことがなくても負担からお口の中にいる菌ということです。口腔疾患を治療せずに放置していたり、不衛生のままにしておくと細菌叢が増加し、肺炎リスクを高めてしまう結果となります。