身体機能の低下につながるオーラル・フレイル

サルコペニアは、高齢者における加齢性筋肉減弱現象を意味する医療用語です。加齢や病気に罹ることで筋肉量が低下し、全身の筋力低下または身体能力の低下が起こることを指します。具体的には歩くスピードが遅くなったり、物を掴む手の握力が落ちたり、重いものを持ち上げられないなど、日常生活の動作(ADL)が制限されることで、寝たきりや転倒骨折などを起こすリスクが高まる状態です。最近では口腔以外の筋力低下に関する検査項目が、後期高齢者向け歯科検診に追加されている地域もあります。

この検査項目の一つに東京大学高齢社会総合研究機構の飯島勝矢氏らが考案した「指輪っかテスト」があります。専用の検査器具など要らず、ご自分の身体を使って高齢者自身が早期に気付くことが出来る簡便な自己判定方法です。
以下の方法を参考にして、是非ご自身でお試し下さい。

指輪っかテスト
指輪っかテスト

 

サルコペニアとは別に体重の減少や歩行スピードの低下、筋力(握力)の低下、疲労感、身体の活動性の低下など広範な要素を含んだ虚弱状態をフレイルと呼び、介護支援を必要とする高齢者を早期に発見して生活機能の維持・向上を図る為にも、共通の目安作りが進められています。

歯科の分野においても口腔機能の虚弱を「オーラル・フレイル」と呼ぶようになってきています。加齢に伴う身体機能低下(サルコペニアやフレイル)の過程において、口や歯の管理を疎かにすることで噛む力が低下し正しく栄養が摂取出来ない状態となったり、舌の動きなどの口腔機能の低下から発語に支障をきたすことで人との交流を避け閉じこもりになるなど、オーラルフレイルとの関連が強いことがわかっています。

お口のトラブルをきっかけとした生活機能低下の悪循環モデル
お口のトラブルをきっかけとした生活機能低下の悪循環モデル

 

重要なのは噛む力を維持していくためにも歯を失わないことです。その為には日頃から正しい口腔清掃を心掛けることと、もし歯周病やむし歯などで歯を失ったとしても適切な処置を受けることで噛み合わせは維持出来ます。定期的に歯や口の健康状態をかかりつけの歯科医師に診てもらいましょう。

 

噛み合わせの状態と健康長寿の関係

「よく噛んで、よく食べる」ことが健康をもたらすと一般的に言われていますが、
その理由としてあがるのは噛むことで脳への血流が増えると脳が活性化され、結果として活動的になったり、よく食べることで高齢者に起こりやすい低栄養の予防になるからです。しかしこの「よく噛む、よく食べる」ことを実現するためには、そもそも上の歯と下の歯が正しく噛み合っていることが重要なのです。今回はこの「噛み合わせ」に注目します。

「噛み合わせの異常がアルツハイマー病の原因であるアミロイドβを海馬に増加させる」ことが、アメリカの医学雑誌にて2011年に掲載されました。発表したのは岡山大学大学院医歯薬学総合研究科の森田学教授らの研究グループで、噛み合わせの異常モデルを作り出した動物には血液中のストレスホルモンが増加し、このストレスによる刺激で脳の海馬にアミロイドβが増加することが明らかになりました。海馬とは脳内にある器官で、脳の記憶や空間学習能力に深く関係していると言われています。

アミロイドβが海馬に増加するメカニズム
アミロイドβが海馬に増加するメカニズム

また同研究グループでは噛み合わせを回復した逆のケースも調査しており、噛み合わせの問題を取り除くことでアミロイドβの蓄積が減少したことも突き止めています。
認知症を有する高齢者は15年で2倍以上に増加しています。認知症には原因別に幾つかの種類がありますが、最も多いのはアルツハイマー病です。国内の認知症有病率、罹患率のうち、4割~6割をアルツハイマー病が占めていると言われています。

 

認知症を有する高齢者人口の推移
認知症を有する高齢者人口の推移

このように噛み合わせが悪いとアルツハイマー病を発症するリスクが高まります。この他にも重度の歯周病は動脈硬化リスクが高いことが報告されていますが、高齢者を対象にした臼歯咬合崩壊(奥歯の噛み合わせが無い状態)の研究においても、歯周病の状態とは独立して臼歯咬合崩壊と動脈硬化症が関連していることが示されています。
つまり噛み合わせの悪い状態で生活していると、お口の中だけでなく全身へも悪影響を及ぼします。逆に歯医者に通って適切な治療を行い、正しい噛み合わせへと改善出来れば、そうした疾病リスクを予防出来るのです。