噛み合わせの状態と健康長寿の関係

「よく噛んで、よく食べる」ことが健康をもたらすと一般的に言われていますが、
その理由としてあがるのは噛むことで脳への血流が増えると脳が活性化され、結果として活動的になったり、よく食べることで高齢者に起こりやすい低栄養の予防になるからです。しかしこの「よく噛む、よく食べる」ことを実現するためには、そもそも上の歯と下の歯が正しく噛み合っていることが重要なのです。今回はこの「噛み合わせ」に注目します。

「噛み合わせの異常がアルツハイマー病の原因であるアミロイドβを海馬に増加させる」ことが、アメリカの医学雑誌にて2011年に掲載されました。発表したのは岡山大学大学院医歯薬学総合研究科の森田学教授らの研究グループで、噛み合わせの異常モデルを作り出した動物には血液中のストレスホルモンが増加し、このストレスによる刺激で脳の海馬にアミロイドβが増加することが明らかになりました。海馬とは脳内にある器官で、脳の記憶や空間学習能力に深く関係していると言われています。

アミロイドβが海馬に増加するメカニズム
アミロイドβが海馬に増加するメカニズム

また同研究グループでは噛み合わせを回復した逆のケースも調査しており、噛み合わせの問題を取り除くことでアミロイドβの蓄積が減少したことも突き止めています。
認知症を有する高齢者は15年で2倍以上に増加しています。認知症には原因別に幾つかの種類がありますが、最も多いのはアルツハイマー病です。国内の認知症有病率、罹患率のうち、4割~6割をアルツハイマー病が占めていると言われています。

 

認知症を有する高齢者人口の推移
認知症を有する高齢者人口の推移

このように噛み合わせが悪いとアルツハイマー病を発症するリスクが高まります。この他にも重度の歯周病は動脈硬化リスクが高いことが報告されていますが、高齢者を対象にした臼歯咬合崩壊(奥歯の噛み合わせが無い状態)の研究においても、歯周病の状態とは独立して臼歯咬合崩壊と動脈硬化症が関連していることが示されています。
つまり噛み合わせの悪い状態で生活していると、お口の中だけでなく全身へも悪影響を及ぼします。逆に歯医者に通って適切な治療を行い、正しい噛み合わせへと改善出来れば、そうした疾病リスクを予防出来るのです。

 

歯を失う最大の原因は…

歯を失う最大の原因はむし歯ではなく、『歯周病』

財団法人8020推進財団がまとめた「歯を失う原因」で、最も多かったのが歯周病の41.8%です。次に多いものからう蝕(虫歯)が32.4%、破折(強い衝撃などによって歯が折れたり、欠けたりすること)11.4%、矯正歯科治療などの上記以外の原因が14.4%でした。

日本人が歯を失う原因(歯周病、むし歯、破折、歯科矯正他)
最大の原因である歯周病は日本人の国民病とも言われており、成人の約4人に3人が罹患しているとも言われています。この歯周病が歯の寿命に大きな影響を及ぼしていることは明らかですが、実は加齢とともにそのリスクは増大しているのです。

折れ線グラフでは先ほどの調査を10歳毎の年齢階級別に再分類したものです。そのグラフを見ると加齢により、各原因の占める割合が変化しています。

年齢階級別の歯の喪失原因(歯周疾患、齲蝕、歯の破折、矯正歯科治療や全身疾患が原因)
44歳までの歯を失う原因で最も多いのは「う蝕(むし歯)」です。しかし、45歳からの年齢階級を見るとう蝕と歯周病が逆転しています。また歯周病は45歳以上から1位をキープし続けています。また55歳以上の年齢階級に注目すると、歯を失う原因の半数以上が歯周病に因るものだったという結果が明らかになっています。

結果的に歯を失うと以下のようなトラブルにつながる場合があります。
・食べ物が噛み難くなった。
・のどに食べ物を詰まらせることが増えた。
・声が聞き取りにくくなった。

このように日常生活において支障をきたすことも起こります。さらに近年の医学研究によって、歯周病菌肺炎の起炎菌となるばかりではなく、脳梗塞や、脳血管性認知症、狭心症、心筋梗塞、細菌性心内膜炎、糖尿病、バージャー病、関節リウマチ、骨粗鬆症、胎児の早産など、疾患を引き起こしたり、病気の悪化や重症化を招くことが明らかになってきており、全身に対して大きな影響を与えている口腔疾患なのです。

歯肉炎など軽度な状態であればブラッシング励行や、歯周疾患処置、専門的口腔ケア等でも改善していく場合が多いですが、歯周病がより悪化してしまうと外科処置が必要となる場合があります。外科処置となるとご本人の身体的、精神的な負担が発生します。

歯周病は自覚症状を感じにくい口腔疾患であるために、日頃より歯科の専門職による定期的な検査や、早期発見の為にも日頃から連携や介入の体制を整えておく環境作りが重要です。