全身疾患に影響を与える口腔疾患

今までも何度か取り上げてきた全身疾患との関係性をまとめてみました。口腔疾患そのものが全身へ悪影響を及ぼす以外に、口腔内の状態、日々の清掃状態など普段の生活が影響することもあります。

認知症
歯がなく、入れ歯も使用していない人は、20本以上歯がある人に比べ認知症発症リスクが約1.9倍となる

肺炎
専門的口腔ケアを行っていない人は、実施者と比べ肺炎発症リスクが約1.6倍となる。

脳梗塞
歯周病にかかっている人は、かかっていない人に比べ脳梗塞発症リスクが約2.8倍となる。

糖尿病
歯周病にかかっている人は、かかっていない人に比べ糖尿病発症リスクが約2倍となる。

心血管疾患
歯周病にかかっている人は、かかっていない人に比べ心血管疾患発症リスクが1.15〜1.24倍となる。

低体重児出産
歯周病にかかっている妊婦は、かかっていない人に比べ低体重児出産リスクが約4.3倍となる

上記からもわかるように、歯周病が多くの全身疾患発症リスクを高めます。

厚生労働省が行なった調査では、成人(30〜64歳)の約8割が歯周病に罹っているという結果が報告されており、国民病とも言われています。これは日本に限ったことではなく、世界的にみても罹患者は多く、最も感染者が多い病気としてギネスⓇ登録されているほどです。

 

健康な歯茎は淡い桃色で引きしまっていますが、ブラッシングが正しく出来ていないと、歯肉に炎症が起こったり、赤く腫れたり、歯肉から出血します。これが歯肉炎の症状です。
さらに歯肉炎が改善されないまま歯周組織にまで炎症が進むと、歯と歯肉の境目の溝が深くなって歯周ポケットが形成されます。ポケットが深くなると歯槽骨までもが吸収され、歯周組織が破壊される状態を歯周炎と言います。
歯周病は厄介なお口の病気であり、初期段階では自覚症状がほとんどありません。重症化して歯が動揺するようになって初めて気づくことも多く、歯を失ってしまう最大の原因でもあります。

歯周病の予防には毎日のブラッシングがとても重要です。但し、正しく磨けているかどうかが重要であり、単に歯ブラシをしたからと言って歯周病予防につながっているとは限りません。日々のブラッシングを正しく、そして効果的に行う為にはプロの介入が不可欠です。
一般的に歯がある方は歯や歯根の表面からプラーク(歯垢)と歯石を除去する為に、音波などの振動を利用した機械で清掃します。機械清掃時には水流が出るので水分制限されている方や飲み込み機能の低下が見られる方には誤嚥しないように手持ちの器具を使って除去を行う場合もあります。

 

[Q&A]使用休止中の入れ歯の保管方法は?

高齢になると様々な病気に罹ってしまうことがあり、療養中には入れ歯を使用を休止することがあります。風邪やインフルエンザの場合は1週間程度、点滴など経口摂取出来ない状態が続く場合はさらに長くなります。長い期間入れ歯の使用を休止する場合、どのように保管するのが良いのでしょうか?

1,2週間程度であれば保管ケースに水を張り、1日置きに水を交換しましょう。水は頻繁に交換して下さい。しかし長期間となると水の交換作業が負担となったり、忘れてしまうこともあります。季節によっては綺麗な水を張っていても直ぐに細菌やカビが繁殖してしまいます。カビが生えてしまうと入れ歯の細かい溝にまで根を張ってしまい、洗浄しても落ちません。長期間となる場合は十分に入れ歯を乾燥させて、外気に触れないよう密封パックなどに入れて保管して下さい。

体調が回復しても生体の変化、あるいは入れ歯の変形によって適合しない場合があります。入れ歯の使用を再開する前には、必ず歯科医師による状態の確認や調整を行った上で使用するようにしましょう。

[Q&A]嘔吐した入れ歯の洗浄方法は?

ノロウイルスの感染によって嘔吐した際、吐しゃ物の中に入れ歯があったという話を聞きます。口を大きく開けた状態のところに胃の内容物が逆流してくる為、入れ歯を外へ押し出してしまうからです。吐き出された入れ歯にはウイルスが付着しているので、洗浄が終わるまでは使用を控えます。

厚生労働省によると消毒方法として以下の2つが挙げられています。
・85℃・1分間以上の熱を加える
・次亜塩素酸ナトリウム(塩素濃度約200ppm)

但し、入れ歯はプラスチックで出来ているため熱を加えると変形します。せっかく体調が回復しても入れ歯が変形したことで食べられなくなっては元も子もありませんので、液体での消毒を行いましょう。ノロウイルス用の消毒液も市販されていますが、家庭用の次亜塩素酸ナトリウムを含む塩素系漂白剤でも代用出来ます。プラスチック製品の除菌であれば30秒~1分程度の浸け置きで良いとされています。長時間浸け置きすると漂白による変色の可能性もあります。消毒を行う前には、「使用上の注意」を必ず確認して下さい。

[Q&A]胃ろうに口腔ケアは不要ですか?

何らかの原因によってお口から物を食べれない場合に、チューブを通して体内に直接栄養を送る方法として胃ろうの他にも、経鼻、経腸などがあります。チューブによって栄養摂取するため、お口を使って食事することがなくなります。そこで口腔ケアの必要がないと思われているのかもしれません。

口腔内には健常者であっても常に細菌やカビ、ウイルス、原虫がいます。その細菌等には自分の身体を守ってくれる者もいますが、悪影響を与える者もいます。特に細菌やウイルスは暖かく湿った場所で増殖します。

経口摂取していない場合でも唾液や痰は出ますし、ごく稀に栄養剤や胃液、胃の内容物が逆流して口腔内に溜まることがあります。不衛生で湿ったお口は細菌等を増殖させ、歯肉炎や歯周病、むし歯などの歯科疾患を引き起こし、更には肺炎や動脈硬化など全身疾患を引き起こす原因にもつながります。
つまり非経口摂取の状態であっても、常にお口を衛生的に保つようケアをしなければなりません。またもし入れ歯をお持ちであれば、適合状態の維持と共に嚥下・咀嚼機能改善にも効果が期待出来るため装着を続けましょう。

[Q&A]入れ歯に寿命はありますか?

入れ歯は使用する人のお口の形状や残った歯の数に違いがある為一人ひとりオーダーメイドで製作されます。その為使用する人のお口の状態が変われば当然入れ歯も合わなくなります。

これを歯科では義歯の不適合状態と言います。ただ不適合になったとしても粘膜面の調整や増歯等の修理、割れてしまったとしても破損状態によっては金属等の補強線を付け加えて対処出来る場合もあります。修理が出来るかどうかは入れ歯とお口の状態にもよるので、必ずかかりつけの歯科医に相談しましょう。

長年同じ入れ歯を使用していると入れ歯を支えるご自身の歯や歯茎の土手の高さや幅が変わったり、また咬む面が擦り減って平らになります。こうなると新しく作り直す他ありません。入れ歯の寿命は使用状況や口内変化の状況によっても異なりますが、10年も持てば長い方と言われています。

咬む面が平らになってしまうと、当然ですが食べ物を噛み砕く能力は低下します。日頃から定期的なメインテナンスを行っておくと共に、咬む面が擦り減って平らになっていないかを観察しておきましょう。

認知症・転倒リスクと口の働き

「よく噛むことが脳を活性化させる」と言われるように、口腔機能は脳に対して大きな刺激を与えています。下の図はペンフィールドの地図と言い、大脳皮質の各部位が身体のどの器官に直結しているかを表すもので、大脳の体性感覚野と運動野において口腔領域に関与する部分は全体の約4割を占めています。

人間の大脳皮質(ペンフィールドの地図)

脳の神経伝達物質「アセチルコリン」の量は噛むことで増加します。歯がない人で入れ歯も使っていないと、歯が20本以上ある人に比べて認知症発症リスクが約1.9倍に高まったという報告があります。しかし歯がなくても入れ歯を使うことで、その認知症発症リスクを約半分に抑えることが出来るという結果も報告されています。お口の働きと脳には密接な関係があり、会話したり、食べる事で活性化されますが、咀嚼能力が低下すると脳への血流も低下します。噛める状態を維持していくことも、認知症予防の為に大切なことなのです。

自立した生活を維持する為には認知症以外に転倒による骨折等のリスクを防ぐことも大事です。噛み合わせがあると認知症発症リスクが抑えられるとした研究では、転倒回数も調査しています。

認知症高齢者の咬合状態と転倒回数

調査結果では、残存歯数の少なくなった人は目を開けたままの状態での片足立ちを持続する時間が有意に短くなり、65歳以上の健常高齢者で残存歯数が19本以下で義歯を使用していない人は、20本以上の者と比べて2.5倍転倒するリスクが高かった。
また健常高齢者より転倒リスクが2倍も高いとされる認知症高齢者でも、臼歯部の咬合を維持しているグループと、臼歯部に咬合がないグループに分けてみたところ、2回以上転倒した方は臼歯部に咬合がないグループが有意に多かったこともあきらかとなりました。

[Q&A]舌につく白い汚れは何ですか?

舌表面に付着している白色または茶褐色の汚れは舌苔(ぜったい)と呼ばれる苔状の汚れです。舌苔の付着原因は、その方の全身状態や服薬、口腔内の状態(唾液量や乾燥の度合い)など様々です。
普段使っている歯ブラシで除去清掃すると嘔吐反射が起こったり、また除去する程度についても判断がつきにくい為に、専門職種ではない介護現場の職員にとって舌のケアは難敵です。更に開口量が小さい、開口保持が難しい場合には汚れの程度や範囲すら判断出来ません。

では自然に減少するのを待てばいいのでしょうか?

2015年に「舌苔の付着面積が大きい人は、呼気中のアセトアルデヒド濃度が高い」ことを岡山大学大学院医歯薬学総合研究科の研究グループが突き止めました。口の中のアセトアルデヒドは、口や喉の癌の原因となることが指摘されており、舌を清掃することは非常に重要なことです。

日常的な口腔ケアでは難しい専門性を伴うケアには、専門職種である歯科医師、歯科衛生士との連携の下で進めていきましょう。

からだを守る唾液の働き

唾液を使ったことわざには「天に唾する」「眉に唾をつける」「唾で矢を剥ぐ」等があります。決して良いイメージではないですが、本来の唾液は良い働きを幾つも持ち、高齢者にとっては窒息事故を予防する存在でもあります。

まず唾液の成分ですが、99.5%が水分です。その他の0.5%にカルシウムや、リン酸、タンパク質等が含まれています。ラクトフェリンを摂取し続けると風邪を引きにくくなったという宣伝を見たことはありますか?ラクトフェリンは実は皆さんの唾液にも含まれている糖タンパク質です。唾液だけでなく母乳等にも含まれ、殺菌・抗菌の働きをします。その他にも歯の再石灰化や消化作用を持っていることは広く知られていますが、高齢者に多い口の渇きに唾液の潤滑作用や湿潤作用が働くことで、お口を乾燥から予防するだけでなく、食べ物による窒息事故からも守ってくれているのです。

成人の1日の唾液分泌量は約1.5ℓと言われています。しかし高齢者になると0.5ℓ程度との報告もあり、全身疾患や薬、口腔機能の低下によって唾液分泌量は減少していきます。唾液が減少すると、噛めない、飲み込めない、味を感じにくい、発声がしづらいと感じます。結果として美味しくない、噛みにくい為に食事量が減ったり、人との会話が減ることで生活の質が低下するだけでなく身体にも悪影響を与えます。周囲からは口臭が強い、食事の時間が長い、話しが聞き取れないと感じたり、何度調整しても入れ歯が合わないことも。

唾液は、食べる時によく噛んだり、話したり、清掃を行うことで分泌量が増えます。寝たきりや非経口栄養摂取の方も口腔ケアを行うことによって唾液の分泌が促され、ドライマウスや肺炎の予防につながります。

唾液の持つ多くの作用とは

  • 殺菌・抗菌作用
    タンパク質の抗菌物質が、細菌の細胞壁を溶かしたり、生育にかかせない鉄分を奪う等の殺菌、抗菌効果を発揮します。
  • 歯の修復・再生作用
    歯の表面に薄い膜を張り、酸により歯が溶け出すことから保護し、カルシウムやリン酸が歯を修復します。
  • 消化作用
    アミラーゼ(酵素)がでんぷんを糖に分解し、消化を促す。
  • 緩衝作用
    酸は歯を溶かします。食事により口内のpHが酸性になりますが、唾液が中和してくれることで細菌の繁殖を抑えます。
  • 洗浄作用
    食事中だけでなく常に唾液を分泌し、口腔内の汚れを洗い流す。
  • 潤滑作用
    食物を飲み込み易く、また滑らかに発声出来る様に潤す。
  • 溶解作用
    食物の味を感じ易くする為に、味覚物質を溶かす。
  • 湿潤作用
    適度な粘性を持つムチンによって、粘膜を乾燥から防ぐ。

インフルエンザ予防となる専門的口腔ケア

乾燥するこの季節には感染症が蔓延し易くなります。日本においては例年12月~3月がインフルエンザの流行する期間です。感染しないための手洗いやうがいは細菌やウイルスが口に入り込まないようにする為の予防策であって、口腔内を衛生的に保つことも感染予防の有効な手段です。感染経路には以下の3つがあります。

  • 飛沫感染
    他人の咳、くしゃみ、会話等で飛び散った飛沫粒子によって感染する場合
  • 接触感染
    感染者の咳、くしゃみ、鼻水などがついた手でコップやドアノブ、スイッチ、手すり等に触れ、その後同じ箇所に触れることで間接的に感染する場合
  • 空気感染
    感染者の咳、くしゃみ等で飛沫したごく細かい粒子が空中に浮遊し、それらを吸入することによって感染する場合実はインフルエンザウイルスが乾燥を好む訳ではありません。のどの粘膜が乾燥に弱いに、ウイルスの侵入や増殖を防げないことが原因で発症します。

過去の気道感染予防の研究では、口腔内細菌を減少させることを目的とした歯科衛生士の行う専門的口腔ケアにより、唾液中の菌の数や日和見感染症起因微生物を減少させ、実施しないグループに比べて肺炎及びインフルエンザの発症を抑えることがわかっています。

※専門的口腔ケア・・・ご自身で行う清掃や、看護師、介護職員等が行う日常的な口腔ケアではなく、歯科医師や歯科衛生士等の専門職が行う口腔ケアを指します。

専門家の介入が肺炎予防に

介護施設に入所する要介護高齢者に対して、専門的口腔ケアを実施したグループと、実施しないグループに分けて2年間にわたって調査した結果が下記のグラフです。

グループのいずれも介護職や、看護師による毎食後の口腔ケアを行っています。その他に週1回、歯科医師及び歯科衛生士による専門的口腔ケアを加えて実施したグループと、そうでないグループを、同じ指標で比較したものです。

発熱発生率、肺炎発症率、肺炎死亡率を専門的口腔ケアで大幅減少

専門的口腔ケアを実施したグループは、全ての指標で明らかに減少していることを示しています。その中でも肺炎死亡率は、専門的口腔ケアによって約54%も減少しています。こうした結果から研究者らは普段の口腔ケアに加え、専門家が介入して実施する専門的口腔ケアを併せて実施していくことが肺炎予防につながると結論付けています。

誤嚥性肺炎の起炎菌となっているのは歯周病菌などの口腔内常在菌です。特別なことがなくても負担からお口の中にいる菌ということです。口腔疾患を治療せずに放置していたり、不衛生のままにしておくと細菌叢が増加し、肺炎リスクを高めてしまう結果となります。